ポート・ロックロイ(Port Lockroy)
南緯64°49’、西経63°29’
ポート・ロックロイはノイマイヤー海峡を挟んでアンバース島の対岸にあるヴィンケ島の中央に位置しています。
1909年フランス探検家ジャン・シャルコ―隊が当時の仏海軍大臣の名をつけたもので、捕鯨時代(19~20世紀)から自然の良港として広く利用されていました。
母船式捕鯨が始まるまでは、ノルウェー、チリ、アメリカなどからの捕鯨船の避難場所として広く利用され、今でも当時を物語る鯨の骨やとも綱の鎖などが見られます。
アルゼンチン、チリとの南極半島領有権問題の緊張が増し始めた第二次世界大戦中にナチスドイツの太平洋進出も心配した英政府が「タリバン作戦」と銘打って、1944年に南極半島に設置した3ヶ所の監視基地の一つがポート・ロックロイ湾内の小さなゴーティエ島にある隊員8人のA基地でした。
戦後、気象観測基地となり、デセプション島とさらに南に作られた英国のロテラ島基地とを結ぶ小型飛行機網の中継点として、そして電離層観測のために1962年まで使用されました。
その後放置されていましたが、南極条約に基づく第61番目の史跡に指定され、修復後1996年1月より史跡博物館として一般公開されています。
夏の間は、英南極史跡信託財団の派遣員が駐在し、定期修理とその費用捻出のために郵便局と売店を開いています。(米ドル、ユーロ、英ポンドの現金の他、US$ 10以上はビザ、マスターのクレジットカードが利用できます)
博物館があるゴーティエ島のすぐ隣にあるのがヴィンケ島の雄大な峰「セブン・シスターズ」を背景としたジュグラー岬のゼンツーペンギンの営巣地(2003年の調査では、1500番)です。100年以上前に遡る捕鯨初期の時代の鯨の骨があちこちに残り、海沿いの岩には、キバナウ(ズグロムナジロヒメウ)、高い崖には、トウゾクカモメやミナミオオセグロカモメも営巣し、湾内に遅くまで残る海氷の上で、昼寝をするウェッデルアザラシやペンギンを狙っているヒョウアザラシを発見するのも珍しい事ではありません。©Rindblad180731