クォーク社 2021-2022年 南極
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シャクルトンを称えて 南極からサウスジョージア島への探検クルーズ 20日間 No.12ブエノスアイレス発着航海中、お客様は、エクスペディション・チーム及び、2人の著名な特別ゲストである極地の専門家ティム・ジャービスとロス・マックフィーのプレゼンテーションをお楽しみいただけます。洋上での滞在は、ウルトラマリンの豪華な設備を体験するのに最適です。スパには、床から天井まで窓が付いたサウナがあり、船内の極上な環境でリラックスいただけます。ウルトラマリンには、同じサイズのどの探検船よりも多くの野生生物観察スペースがあります。航海中、鳥類やクジラなど多くの野生生物の探索でお楽しみください。1916年4月9日、ウェッデル海の氷の中を漂って165日間を過ごした後、シャクルトンとその隊員は、サウスシェトランド諸島の1つである遠隔のエレファント島に到着しました。100年後の今日、ここに到着するとシャクルトンと彼の隊員が最初に荒涼とした風景に遭遇した時とまったく同じように島が見えます。それでも、氷の海を漂っていた乗組員にとってエレファント島は避難場所で、彼らが救出されるのを待つ間も重要な避難所でした。シャクルトンと彼の部下が上陸した島の北側にあるワイルド岬を訪れる予定です。ここは、シャクルトンが小さなジェームズ・ケアード号に5人の隊員と乗船し1,046km離れたサウスジョージア島へボートの旅を始めた場所であり、彼の隊員がシャクルトンの帰りを待ち続けた場所です。条件が良ければ、ゾディアック・ボートでワイルド岬の海岸に近づきたいと考えています。そこで、シャクルトンの偉業を讃えるでしょう。南極半島に別れを告げ、サウスジョージア島に向かいます。極地探検クルーズのために特別に建造されたウルトラマリンで、最初の新年をお祝いします。ウルトラマリンの最初の南極シーズンは、シャクルトンの偉業によく似ており、極しています。ここには、アーネスト・シャクルトン卿が埋葬された小さなお墓があります。伝統的にお客様は、シャクルトンの墓の周りにお集まりいただき、歴史上最も偉大な極地探検家の一人に献杯を捧げて敬意を表します。グリトビケンや他の捕鯨基地跡への歴史的な訪問に加えて、島の保護された北部沿岸に沿って多くのビーチ、入江、フィヨルドを訪れる機会があります。サウスジョージア島は、世界の他のどの地域とも異なり、私達の旅の途中で立ち寄る度に、新しい冒険があります。約2週間、ユニークな野生生物との出会いと素晴らしい景観を満喫した後、ウシュアイアに向けて航海します。本船のデッキでバードウォッチングやホエールウォッチングを楽しんだり、エクスペディション・チームによるプレゼンテーションの聴講などでお過ごしください。床から天井までの窓があるサウナでリフレッシュしたり、美しくデザインされたラウンジやレストランなど、ウルトラマリンの豪華な設備を満喫してください。また、エクスペディション・チームは、訪れた上陸地や見学した野生生物などのスライドショーを準備し、この探検クルーズを振り返ります。朝、ウシュアイア入港。下船後、出発まで短時間のフエゴ島国立公園の観光にご案内致します。観光終了後、ウシュアイア空港に移動。ウシュアイア発、チャーター機にて空路、ブエノスアイレスに向かいます。ブエノスアイレスのエセイサ空港に到着後、解散。地の歴史の中で記憶に残る瞬間を作り出します。ウルトラマリンでの新年のお祝いに加えて、2人の特別ゲストによるプレゼンテーションをお楽しみいただけます。また、エクスペディション・チームは、サウスジョージア島到着に備え、野生生物や自然についてのプレゼンテーションを行います。サウスジョージア島には、ペンギンとアザラシに覆われたビーチがあり、亜南極の野生生物の世界では、最も豊かな繁殖地の1つです。巣穴にいる海鳥やアホウドリ、ミズナギドリが沢山見られるので、鳥の楽園にいることに気付かれるでしょう。かつて捕鯨業者やアザラシ猟師に人気のあったサウスジョージア島には、多くの遺跡や何世紀にもわたる人間の活動の痕跡が残っています。エクスペディション・チームは、昔の捕鯨基地跡に案内し、当時の捕鯨基地での生活についてと、今のサウスジョージア島についてのプレゼンテーションをおこないます。ティム・ジャービスは、シャクルトンのエレファント島からサウスジョージア島まで無甲板のジェームズ・ケアード号の航海を再現するにあたり、最初に計画した島の目的地は、キング・ハーコン湾でした。シャクルトンと彼の部下が島の険しい山岳地帯を横断する前に上陸した場所でした。サウスジョージア島は特に重要であり、サー・アーネスト・シャクルトンを称えるこの探検クルーズの感動的な寄港地です。この極地の探検についての永続的な遺産は、今日、クォーク社のエクスペディション・チームにも生き続けています。シャクルトンが1922年1月5日に亡くなった後、妻のエミリーは、シャクルトンの遺体をサウスジョージア島に埋葬する事を強く求めました。サウスジョージア島は、彼の人生と夢の中で重要な部分を占めていました。条件が許せば、亜南極に最初に設置された捕鯨基地の1つであるグリトビケンの訪問を予定●詳細日程第16~19日目南極海 & ドレーク海峡クルーズ第10~11日目スコシア海クルーズ第12~15日目サウスジョージア島観光第8日目南極海クルーズ第9日目エレファント島観光45第20日目  ウシュアイア入港/下船/フエゴ島国立公園観光/発 B ブエノスアイレス着、解散

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