LNG輸送における北極海航路の役割

2017年、ロシアのヤマル半島に液化天然ガス(LNG)プラントが建設され,北極海航路(Northern Sea Route : NSR)を利用してLNGを極東に輸送する「ヤマルLNGプロジェクト」が開始しました。(図1)

Arc7級砕氷船を使用したNSRの開拓により、比較的氷の薄い西回り航路を通年通過することが可能となることに加え、氷の厚い東回り航路であっても夏季であれば航行できるようになりました。とりわけ、東アジアへの輸送は、西回りであれば欧州を通りスエズ運河経由で約35日要するところ、東回りであれば約15日と、大幅な輸送時間の短縮が可能となります。同時に、航行距離が短くなるため輸送コストの低減効果に加え、CO2の排出量も大幅に削減されるなど、NSRの実現は非常に大きなメリットを有しています。

図1:ヤマルからのLNG輸送ルート

 

砕氷LNG船の特殊仕様

北極海という過酷な環境でLNGを安全に輸送するため、様々な特殊仕様を実装しております。

- ダブル・アクティング砕氷システム

厚い氷で覆われた極海域においても、運航を停止することなく、安全に航行するための重要な機能の一つが、「ダブル・アクティング砕氷システム」です。氷が存在しない海域(Open Sea)や薄い氷の海域では船首を前にして航行しますが、船首方向には進めないほどの厚い氷に遭遇した場合は、反転して船尾を前にして進む操船切り替えます。(図2)

船尾は船首に比べ重量があり、特殊な形状で厚い氷を砕氷し、3軸のアジポット・ステンレス製プロペラ(図3)が、砕けた氷を船首方向へ掻き出しながら砕氷進行します。船首前進時は150cmの厚みの1年氷、船尾前進時は210cmの厚みの1年氷まで砕氷可能な設計としています。

- 船橋(操船ステーション)

船橋操船ステーションも船首前進・船尾前進操船用に二重設備化しています。(図2)

船首前進・船尾前進用船橋(Wheel House : W/H)は、長時間の極寒地操船の寒さ対策として、完全なる閉囲型構造としており、両W/Hは渡り廊下で結ばれています。

操船機器は、アイスレーダー、高輝度サーチライト、Night Vision カメラなどの前方の氷況の監視を目的とした設備や、北極海でも使用可能な通信設備など、さまざまな特殊機器を配備しています。

図2:ダブル・アクティング航行

図3:ポッド推進装置

- 強靭な砕氷補強船殻(アイスクラスArc7、外気-50℃設計)

一般商船では最上級クラスのArc7アイスクラス(*)を取得しています(LNG船でArc7は世界初採用)。水線下の船殻には一律して強靭な補強が施され、かつ、氷が付着しにくい低摩擦型アイスブレーカー塗料で保護されています。その船殻重量は非アイスクラス同型船と比べて実に約25%もの増加となります。船体の喫水線近傍(アイスベルト)は、押し寄せる氷の圧力に耐える最も強靭な補強が施され、かつ、-50℃の外気にも耐えうる特殊な低温用鋼材を使用しています。

(*) Arc7アイスクラス:ロシア船級協会はアイスクラスを9段階(Ice1~3、Arc4~9)に分類分けしており、Arc7クラスは上位3番目クラスに属します。

- 機関室設計(ダブルハル構造、左右分離隔壁、海水取水口)

標準的なLNG船では貨物区画のみがダブルハル(二重船殻)構造ですが、砕氷LNG船は機関室区画にもダブルハル構造を採用し、万が一の船殻損傷時にも浸水・油濁リスクを低減するための万全の安全設計を施しています。機関室区画は中央に防火隔壁を設けて、重要機器は左右舷両方に配置しています。機関の冷却用海水取水入口(シーチェスト)は、氷海域において小氷片の混入による閉塞を防ぎ、推進機関を継続して運転できるよう、喫水線より高い位置にまでそびえる巨大な取水ボックス(アイスシーチェスト)としています。

- 居住区防寒対策

3系統の暖房システム(セントラル式エアコン・電気ヒーター・オイルヒーター)、従来船より厚みを増した外壁断熱材、3重ガラス窓など万全の防寒対策を施しています。

- 甲板上の着氷凍結防止策、防寒対策

甲板上機器は、温度に影響されにくい電動駆動式の機器を主に採用し、-50℃低温下での作動試験を合格した機器のみを選定しています。水系配管は、電熱式や蒸気式のヒートトレースを巻いて凍結を防止し、バラストタンク内も天井部に蒸気式ヒーティングコイルを施して、タンク内凍結を防止します。甲板上の積雪・着氷を溶かすため、至る箇所に蒸気噴射ノズルを設けるほか、消火海水管には蒸気式ヒーターで加温した温海水を供給できるように設計されています。甲板上で作業するクルーの安全対策として、シェルターを要所に配備し、船首係船区画は天井屋根付き、船尾係船区画は上甲板下デッキに配置、として積雪や海水飛沫による着氷を防止します。

- 救命設備

氷海域での非常時救命設備として、サバイバルキット(防寒服、テント、寝具、ストーブ等)を船上保管する等、北極海航海に適合したさまざまな特殊な救命設備を備えています。

文責:泉 史郎(商船三井)