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南極クルーズ・北極クルーズの手引き

ディスカバリー号観測

英国観測船ディスカバリー号(スコットの第一次探検に使用)は1925年9月24日に再び船出しました。任務は南極海、特に捕獲数が増えつつある大型鯨について調査する事でした。サウスジョージアにおける南極捕鯨が始まって以来、捕獲数が多過ぎるにもかかわらず、鯨の生態について何かしら分かるまでは、この重要産業の規制のための足掛かりがつかめないと心配されていたのです。

英国政府は1918年、ディスカバリー委員会を設置し、2系統の調査を推薦しました。それは鯨の生息海域であるサウスジョージア周辺の海を測量してクジラの餌の状態を調査する事。と同時に、グリトヴィケンに陸揚げされるクジラの死体から標本を集めて、鯨の生物学的研究を行う事で、小さな生物学者チームがキングエドワード・ポイントのディスカバリー・ハウスに住み研究室で働きました。
やがて、二つ目の調査船であるウィリアム・スコルスビー号が加わり、1931年にはディスカバリー号は調査船用に特別設計されたディスカバリーII号に入れ替わりました。調査が終了した1951年までにこれら3隻は計14回の南極航海をしました。

また1926~7年にはサウスジョージア海域の特別調査が行われました。
目的は出来るだけ短い期間で広大な海域の海水データを集める事でした。
ディスカバリー号とウィリアム・スコルスビー号の科学者は競争しながら、5日半で29か所のデータを集めました。取水場所ごとに、クルーはサンプル水をとるためにネット、水温計、取水ボトルそして他の道具を降ろしました。世界有数の荒海での取水作業は困難でしたが、海洋学者と生物学者は、最重要なオキアミを含むプランクトンの生育状態と分布など、南大洋の本質的な特徴を捉える事が出来ました。

鯨についての調査はグリトヴィケンで集中的に行われました。鯨が陸揚げされて解体される際に、科学者は急いで大きさを測り、食べたもののサンプルを取り、後の研究のために内臓を保存しました。1,683頭の鯨の検査で鯨の捕食物、成長度合い、成熟年齢、妊娠期間と繁殖率などが分かりました。
例えば、ほとんどのザトウクジラは北の暖流海域で繁殖活動をするときは胃が空っぽだが、サウスジョージアではいつも満腹状態だったのです。
鯨が南極海に回遊するのは餌を食べるためだったことが証明されました。

一方ウィリアム・スコルスビー号は鯨の熱帯海域から南極までの回遊経路について解明しようとしていました。鯨を追跡しましたが、捕鯨銃を撃つのではなく、数字が彫られた金属製の矢を鯨に撃ちこみました。
その鯨が捕獲されて解体されたときに金属製の矢を回収することを期待したのです。矢を打ち込んだ5,063頭の内、回収された矢はわずか370でしたが、サウスジョージア海域で捕食するザトウクジラはブラジルや南アフリカに回遊して繁殖する事などが分かりました。

ディスカバリー調査は世界環境の科学的調査でも画期的な事でした。
科学調査の成果は38巻の報告書となり、図書館の棚2.2m分を占めましたが、鯨を助ける事にはなりませんでした。
科学者の警告と助言は、捕鯨産業が保護よりも経済的利益優先なため、ほとんどが無視されてしまいました。

(南極旅行/サウスジョージア島11)